エイジズムと老年観
老年看護学 / 老年看護総論・その他
解説
今回はエイジズムと老年観について解説します。日本は世界でも有数の超高齢社会であり、看護師が出会う患者の多くは高齢者です。高齢者一人ひとりを尊重したケアを行うためには、まず自分自身が高齢者をどのように捉えているか(老年観)を見つめ直し、年齢に基づく無意識の偏見に気づくことが大切です。ここでは、エイジズムの概念、ノーマライゼーションの理念、サクセスフルエイジング、加齢に伴う知能の変化までを順に学びます。
エイジズムとは
エイジズム(ageism)とは、年齢を理由とした偏見・ステレオタイプ・差別のことを指します。1969年にアメリカの老年医学者ロバート・バトラーが提唱した概念で、人種差別(レイシズム)、性差別(セクシズム)と並ぶ「第三の差別」と位置づけられます。「高齢者は頑固だ」「年寄りには新しいことは無理」といった一律のイメージで個人を判断することが、エイジズムの典型例です。
エイジズムの種類
エイジズムは大きく三つに分けて理解されます。一つ目は制度的エイジズムで、定年制や年齢による就労制限など、社会制度に組み込まれた差別です。二つ目は個人的エイジズムで、子ども扱いするような言葉づかいや「年寄り扱い」など、個人間で生じる差別です。三つ目は内在化エイジズムで、高齢者自身が「もう年だから仕方ない」と諦めてしまい、自らの可能性を狭めてしまう状態を指します。さらにエイジズムには、能力を過小評価する否定的なものだけでなく、過度に保護したり甘やかしたりする肯定的(一見好意的)なものもあり、いずれも個別性を無視している点で問題となります。
医療現場におけるエイジズム
医療・看護の場面でも、エイジズムは無意識に表れます。たとえば「もう年だから手術は無理だろう」と年齢だけで治療方針を狭めること、「認知症だから説明しても分からない」と本人への説明を省くこと、本人を飛び越えて家族とだけ話を進めること、必要な検査や治療を年齢を理由に省略することなどです。また、高齢者に対して敬語を使わず子どものように話しかける態度も、個人的エイジズムにあたります。看護師は、患者の個別性と自己決定権を尊重し、年齢ではなく一人の人間として向き合う意思決定支援が求められます。WHOも2021年にエイジズム対策のグローバルレポートを公表し、世界的な課題として取り組みを進めています。
ノーマライゼーション
ノーマライゼーションとは、障害者や高齢者など社会的に弱い立場にある人々が、地域社会の中で他の人々と同じように当たり前の生活を送れるようにするという理念です。1950年代にデンマークのバンク=ミケルセンが知的障害者の処遇改善を求める運動の中で提唱し、その後スウェーデンのニィリエが「1日のノーマルなリズム」「1年のノーマルなリズム」「ライフサイクルでのノーマルな経験」などの8つの原理として整理しました。
この理念は高齢者ケアにも大きな影響を与え、施設に閉じ込めるのではなく地域で暮らし続けるための在宅医療や介護保険制度の発展につながっています。また、認知症ケアの領域では、イギリスのトム・キットウッドが提唱したパーソンセンタードケアが広く知られています。これは、認知症の人を「症状」ではなく一人の人格をもつ人としてとらえ、その人の価値観や生活史を尊重するケアの考え方で、ノーマライゼーションの精神と深く通じています。
サクセスフルエイジング
サクセスフルエイジング(successful aging)とは、加齢に伴う変化を受け入れながらも、心身ともに良好で満足のいく老いを実現することを意味します。1980年代にアメリカのRowe(ロウ)とKahn(カーン)によって提唱され、次の三つの要素から構成されるとされています。第一に疾病や障害の回避、第二に高い認知機能・身体機能の維持、第三に人生への積極的関与(社会参加や対人関係)です。
サクセスフルエイジングに関連する理論として、引退後も社会的役割を持ち続けることを重視する活動理論、これまでの生き方やライフスタイルを保ち続けることが適応につながるとする連続性理論、そしてSOC理論があります。SOC理論は、Selection(目標の選択)、Optimization(資源の最適化)、**Compensation(補償)**の頭文字で、加齢に伴って失われる機能を補いながら、できる範囲で目標を選び、残された力を最大限に活かすという加齢適応のモデルです。
流動性知能と結晶性知能
加齢に伴う知能の変化は、心理学者**キャッテル(Cattell)**が提唱した二分類で理解するとわかりやすくなります。
流動性知能とは、新しい場面に適応するための情報処理能力で、推論、計算、暗記、新しい技術の習得などに関わります。脳の生理的機能に依存するため、20〜30代をピークとし、加齢とともに徐々に低下していきます。
一方、結晶性知能とは、人生の中で積み重ねた経験・学習・文化的知識に基づく能力で、判断力、洞察力、言語理解、語彙力などに表れます。結晶性知能は60代頃まで上昇し続け、その後も高齢期まで比較的保たれやすいことが知られています。
この違いはケアにも応用できます。高齢者支援においては、結晶性知能を活かして本人の経験や知恵を尊重した関わりを行いつつ、流動性知能の低下に配慮して、新しい情報はゆっくり繰り返し伝える、環境を整えて混乱を減らす、文字や図を併用するといった工夫が大切です。
まとめ
エイジズムは、年齢を理由に高齢者を一括りにして判断してしまう偏見であり、医療・看護の現場でも無意識に生じやすい問題です。看護師は、ノーマライゼーションの理念に基づき、高齢者が地域で自分らしく生きられるよう支援する視点を持つ必要があります。サクセスフルエイジングの考え方は、疾病予防だけでなく社会参加や生きがいまで含めた包括的な老年観を示しており、流動性知能と結晶性知能の特徴を理解することは、個別性に応じた関わりに直結します。高齢者を「年齢」ではなく「その人自身」として尊重する姿勢が、すべての老年看護の出発点となります。
確認問題(穴埋め)
空欄をタップすると答えが表示されます。
- 1.
年齢を理由とした偏見・ステレオタイプ・差別を意味し、1969年にロバート・バトラーが提唱した概念をという。
- 2.
エイジズムは人種差別・性差別と並ぶ「第の差別」と呼ばれる。
- 3.
定年制のように社会制度に組み込まれたエイジズムをという。
- 4.
高齢者自身が「もう年だから」と諦めてしまう状態はエイジズムと呼ばれる。
- 5.
障害者や高齢者が地域で当たり前の生活を送れるようにする理念をといい、デンマークのバンク=ミケルセンが提唱した。
- 6.
認知症の人を一人の人格として尊重するケアで、トム・キットウッドが提唱したものをという。
- 7.
Rowe と Kahn が提唱した、疾病・障害の回避、高い心身機能の維持、人生への積極的関与を3要素とする概念をという。
- 8.
Selection・Optimization・Compensation の頭文字を取った加齢適応の理論をという。
- 9.
新しい場面への適応や情報処理に関わり、20〜30代でピークを迎えて加齢で低下する知能をという。
- 10.
経験や学習に基づき、60代頃まで上昇し高齢期にも保たれやすい知能をといい、Cattellが分類した。
