最後まで残る感覚に届ける―看取り期の妻への声かけ
看護師国家試験 第114回 午後 第93問 / 地域・在宅看護論 / 状況設定問題
国試問題にチャレンジ
次の文を読み、問いに答えよ。 Aさん(88歳、男性)は妻(82歳)と2人で暮らしている。息子2人は独立して生活している。要介護度は5で、エアマットレスを使用している。食事は妻の介助で1日1回ペースト食を食べているがむせることもあり、食事が全くとれない日もある。排泄はオムツを使用し、毎日訪問介護サービスを利用して、オムツ交換と陰部洗浄を受けている。訪問看護は週3回利用している。Aさんは妻が話しかけると返事はするが自発的な会話はない。着替えをするときに上肢を動かすと苦痛表情がある。 Aさんは声をかけても返答したり目を開けたりすることもなく、穏やかな表情で眠っていることが多くなった。Aさんの妻は「夫は話しかけても何も答えてくれないので、どうしたらよいか分かりません」と訪問看護師に話した。 このときの妻への声かけで適切なのはどれか。
- 1.「Aさんの体にできるだけ触れるようにしましょう」
- 2.「Aさんは苦痛を感じることはありません」
- 3.「Aさんが休めるよう静かにしましょう」
- 4.「Aさんの世話を頑張りましょう」
対話形式の解説
博士
今日のテーマは終末期に近づいたAさんの妻への声かけじゃ。返答もなく目も開けない夫を前に、妻は「どうしたらよいか分からない」と途方に暮れておる。
サクラ
返事がないのに話しかけても意味があるのか、家族は迷いますよね。
博士
ここで重要なのが「終末期に最後まで残る感覚は何か」という知識じゃ。
サクラ
視覚は早く失われそうなイメージですが…
博士
その通りじゃ。一般に視覚や言語的応答は早めに低下するが、聴覚と触覚は最後まで残るとされておる。じゃから、声かけや手を握ることは確かに本人に届いておるのじゃ。
サクラ
それなら「できるだけ体に触れましょう」という声かけは理にかなっていますね。
博士
うむ。妻にとっても「自分にもできることがある」という感覚は大きい。これがグリーフケアの観点からも重要なのじゃ。
サクラ
グリーフケアって死別後のケアですよね?
博士
死別後だけでなく、看取りの過程そのものが将来のグリーフに影響する。「最期まで一緒にいられた」という記憶は、悲嘆の回復に大きな支えとなるのじゃよ。
サクラ
じゃあ「Aさんは苦痛を感じることはありません」と伝えるのはどうですか?妻は安心しそうですが。
博士
それは医学的にも不正確じゃ。本人が訴えられないだけで、痛みや不快が完全に消失したとは限らん。表情、体動、呼吸、バイタルから継続的に評価する必要がある。安易な断定は逆に妻の不安に応えていないのじゃ。
サクラ
「静かにして休ませましょう」は?
博士
聴覚が残っておるからこそ、家族の声や馴染んだ生活音はAさんに安心を届けておる。沈黙を強いることはむしろ二人を心理的に引き離してしまう。
サクラ
「世話を頑張りましょう」と励ますのは?
博士
2か月以上、要介護5の夫を支えてきた高齢の妻に「もっと頑張れ」はあまりに酷じゃ。看取り期は「頑張る」より「ともに過ごす」を支える関わりが必要じゃ。
サクラ
タッチングそのものに何か生理的な効果もあるんですか?
博士
皮膚刺激はオキシトシン分泌を促し、不安や疼痛閾値の改善に寄与すると言われておる。手を握る、頬に触れる、肩をさするだけでも効果的じゃ。
サクラ
看護師は「触れていいんですよ」と伝えることで、妻の関わり方を取り戻させるんですね。
博士
その通りじゃ。看取りは医療者だけのものではなく、家族の参加が本人の安寧と家族の回復の両方を支えるのじゃ。
POINT
終末期の意識低下した患者に対しても、聴覚と触覚は最後まで残るため、タッチングと声かけは本人の安心感を生み出す重要な非言語的コミュニケーションです。家族は反応のない患者を前に関わり方を見失いやすいため、訪問看護師は「触れていい」「声をかけていい」と具体的に伝え、家族が看取りに能動的に参加できるよう支援します。これは本人の安楽だけでなく、家族のグリーフケアの観点からも極めて重要で、「最期まで一緒にいた」という肯定的記憶が死別後の悲嘆の回復を助けます。一方、苦痛の有無を断定したり、沈黙を強いたり、さらなる頑張りを求める声かけは、医学的に不適切であるばかりか、家族の心理的負担を増す可能性があるため避けるべきです。看取り期の看護は、家族とともに静かに寄り添う「伴走の時間」を設計することにあります。
解答・解説
正解は 1 です
問題文:次の文を読み、問いに答えよ。 Aさん(88歳、男性)は妻(82歳)と2人で暮らしている。息子2人は独立して生活している。要介護度は5で、エアマットレスを使用している。食事は妻の介助で1日1回ペースト食を食べているがむせることもあり、食事が全くとれない日もある。排泄はオムツを使用し、毎日訪問介護サービスを利用して、オムツ交換と陰部洗浄を受けている。訪問看護は週3回利用している。Aさんは妻が話しかけると返事はするが自発的な会話はない。着替えをするときに上肢を動かすと苦痛表情がある。 Aさんは声をかけても返答したり目を開けたりすることもなく、穏やかな表情で眠っていることが多くなった。Aさんの妻は「夫は話しかけても何も答えてくれないので、どうしたらよいか分かりません」と訪問看護師に話した。 このときの妻への声かけで適切なのはどれか。
解説:正解は 1 です。終末期の意識レベルが低下した状態でも、聴覚と触覚は最後まで残ると言われている。妻はAさんとの関わり方を見失い不安と無力感を抱えており、訪問看護師は「触れる」という非言語的コミュニケーションを通じて妻が看取りに参加し続けられるよう支援する必要がある。手を握る、肩や頬にやさしく触れる、馴染んだ声で語りかけることで、Aさんに安心感を伝えると同時に、妻にも「今もつながっている」という実感を持ってもらうことができる。
選択肢考察
-
○ 1. 「Aさんの体にできるだけ触れるようにしましょう」
終末期に残存する触覚・聴覚を活用したタッチングと声かけは、本人の安心と家族のグリーフケアの両面で意義が大きい。妻が「自分にもできることがある」と感じられる助言として最も適切。
-
× 2. 「Aさんは苦痛を感じることはありません」
終末期でも痛みや不快が完全になくなるとは限らず、本人の訴えがなくても表情・体動・呼吸・バイタルから苦痛を評価する必要がある。安易に苦痛を否定する声かけは医学的に不正確で、妻の不安にも応えていない。
-
× 3. 「Aさんが休めるよう静かにしましょう」
聴覚は最後まで残るため、生活音や家族の声はむしろ安心の手がかりとなる。沈黙を強いることは妻と本人を心理的に隔て、孤立感を高めかねない。
-
× 4. 「Aさんの世話を頑張りましょう」
長年介護を続けてきた妻に対しさらに頑張りを求める声かけは、心理的負担と疲労を増す。看取り期は「頑張る」より「ともに過ごす」を支える関わりが必要。
終末期に残存する感覚は聴覚と触覚と言われ、視覚や言語的応答は早期に失われる傾向がある。タッチングは皮膚を介してオキシトシン分泌を促し、不安や痛みの緩和に寄与する。家族にできる関わりを具体的に示すことは、家族が「最期まで一緒にいた」という肯定的な記憶を持つことにつながり、その後のグリーフ(死別の悲嘆)の回復にも好影響を与える。
終末期の意識低下した患者の家族に対し、残存する感覚(聴覚・触覚)を活用した非言語的コミュニケーションを促すことが看取り支援の基本であることを問う問題。
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