車椅子の移送と移乗
基礎看護学 / 体位・移動・活動
解説
今回は車椅子の移送と移乗について解説します。車椅子は歩行が困難な患者の生活範囲を広げる重要な福祉用具ですが、誤った操作や介助は転倒・転落といった重大な事故につながります。看護師には、車椅子の構造、移送の基本操作、移乗介助の原則を正確に理解し、患者の安全と自立を両立させる援助技術が求められます。国家試験でも頻出のテーマであり、特に「段差・坂道・エレベーター」「片麻痺患者の移乗」「ストレッチャー移送の進行方向」がよく問われます。
車椅子の基本構造と移送前の確認
標準型車椅子は、左右の大車輪(後輪)、前方の小車輪であるキャスター(前輪)、座面、背もたれ、アームレスト、フットレスト、ハンドグリップ、ブレーキなどから構成されます。後方下部には、足で踏み込んで前輪を持ち上げるためのティッピングレバー(ティッピングバー)が取り付けられています。
移送を開始する前には、ブレーキが確実にかかるか、タイヤの空気圧は十分か、フットレストとアームレストの可動に異常がないか、座面やシートベルトの状態に問題はないかを点検します。患者側の確認としては、靴をきちんと履いているか、衣服がタイヤに巻き込まれる位置にないかを確かめます。これらの事前確認は単純ですが、転倒・脱輪・足部の挟み込みなどを防ぐうえで欠かせません。
車椅子による移送の基本操作
平地での移送
平地では、介助者はハンドグリップをしっかり握り、患者の身体が前傾しすぎないよう注意しながら、適度な速度で押し進めます。方向転換は後輪を支点に行うことが原則で、患者の身体への遠心力を抑え、ふらつきや転落を防ぐことができます。
段差の越え方
段差を上る際は、まず段差の手前で車椅子を一度停止し、患者に「段差を越えます」と声をかけます。次にティッピングレバーを足で踏み込みながらハンドグリップを押し下げ、前輪(キャスター)を浮かせて段の上に乗せます。続いて後輪を押し上げて段差を越え、最後に前輪をゆっくり接地させます。段差で前輪が引っかかると患者は前方に投げ出されやすいため、前輪を必ず先に浮かせることが安全確保の要点です。段差を下りる際は、後ろ向きで後輪から先に下ろし、最後に前輪を静かに下ろすと衝撃を最小限に抑えられます。
坂道での移送
坂道では上りは前向き、下りは後ろ向きが原則です。下り坂を前向きに進むと患者の身体が前方に滑り、転落の危険が高まります。後ろ向きで下りることで介助者がブレーキ役を担い、速度を制御できます。長い下り坂では介助者は上体を車椅子に近づけ、腕でしっかり支える姿勢をとります。
エレベーターでの乗降
エレベーターでは、原則として後ろ向きに乗り、前向きに降りるようにします。こうすることで降車時に患者の視界が確保され、扉のレールやわずかな段差でキャスターを引っかけにくくなります。乗降の際は扉が閉まらないようボタンで保持しながら、落ち着いて操作します。
移乗前後のフットレスト
患者が車椅子に乗り降りする際は、必ずフットレストを上げておきます。フットレストが下りたままだと足が引っかかったり、フットレストを踏んで車椅子が前方に傾いたりして転倒の原因になります。移送中はフットレストを下ろし、足底を載せて支えます。
ベッドから車椅子への移乗介助
移乗の基本準備
移乗前には車椅子のブレーキを確実にロックし、フットレストを上げます。ベッドの高さは、患者が端座位になったときに足底が床に接する高さに調整します。患者には靴を履いてもらい、滑り止め効果のある履物が安全です。これらの準備を怠ると立位時に車椅子が動いてしまい、極めて危険な転倒事故につながります。
片麻痺患者の移乗の原則
片麻痺のある患者の移乗で最も重要な原則は、車椅子を健側に配置することです。健側とは麻痺のない側のことで、左片麻痺であれば右側、右片麻痺であれば左側が健側にあたります。車椅子を健側に置くことで、患者は健側の手でアームレストをつかみ、健側の足を軸に立ち上がって健側方向へ回転し、車椅子に座ることができます。これにより麻痺側へ無理な体重がかかることを防ぎ、患者の主体性も引き出せます。
車椅子とベッドの角度は、介助で移乗する場合は30〜45度、自立で移乗する場合は15〜20度程度が目安です。角度が大きすぎると回転量が増えて不安定になり、小さすぎるとベッドと車椅子の間で身体がはまり込みやすくなります。
介助者の立ち位置
介助者は患側に立つことが原則です。患側に立って麻痺側の膝に自分の膝を当てることで、立位時の膝折れを防止できます。さらに患者の腰や肩を支え、回転動作を補助します。「車椅子は健側、介助者は患側」というセットで覚えると整理しやすく、片麻痺患者の歩行介助でも介助者は患側のやや後ろに位置するという原則と一貫しています。
ストレッチャーによる水平移送
車椅子に座位を保てない患者は、ストレッチャーで仰臥位のまま移送します。ストレッチャー移送は原則として看護師2名で行い、患者の足側を進行方向にして移送するのが基本です。足側を進行方向にする理由は、患者の視界が広がり進行方向の景色が見えるため不安が和らぐこと、急な揺れや停止の際に頭部が衝撃を受けにくいことにあります。
足側に位置する看護師は進行方向を向き、舵取りと方向決定を担います。頭側の看護師は患者の表情、呼吸、顔色、点滴ルートやドレーン類などを継続的に観察します。移送中は患者の保温に努め、必要に応じてベルトで固定します。
坂道・階段・エレベーターでの方向
水平面では足側を進行方向にしますが、傾斜のある場面では頭部が低くならないようにする原則が優先されます。上り坂や階段の昇り、エレベーターの乗降では頭側を進行方向にし、頭部が常に水平または高い位置を保つようにします。逆に下り坂では足側を進行方向にし、やはり頭部が下がらないよう配慮します。頭部が低くなると脳血流の変動や不快感を招くため、傾斜では「頭側を高く」が原則となります。
まとめ
車椅子の移送と移乗は、看護の基本技術でありながら事故の起きやすい場面でもあります。段差ではティッピングレバーで前輪を浮かせ、坂道は上り前向き・下り後ろ向き、エレベーターは後ろ向きに乗り前向きに降りるという原則を押さえます。乗降時はフットレストを必ず上げ、方向転換は後輪を支点に行います。片麻痺患者の移乗では「車椅子は健側、介助者は患側」が大原則で、ベッドと車椅子の角度は介助時30〜45度に調整します。ストレッチャーによる水平移送は看護師2名で足側を進行方向にし、坂道や階段では頭部が下がらないよう頭側を進行方向にします。これらの原則を確実に身につけ、患者の安全と安心を守る援助を実践しましょう。
確認問題(穴埋め)
空欄をタップすると答えが表示されます。
- 1.
車椅子で段差を越える際は、後方のを踏み込みながらハンドグリップを押し下げ、前輪を浮かせて段の上に乗せる。
- 2.
車椅子による坂道での移送は、上りは前向き、下りはが原則である。
- 3.
車椅子の方向転換はを支点として行うことで、患者への遠心力を抑え安全に旋回できる。
- 4.
患者がベッドから車椅子へ乗り移る際や立ち上がる際は、足の引っかかりを防ぐためを必ず上げておく。
- 5.
片麻痺患者の移乗介助では、患者が健側を使って主体的に動けるよう、車椅子をに配置するのが原則である。
- 6.
片麻痺患者の移乗を介助付きで行う場合、ベッドと車椅子のなす角度は度程度に調整する。
- 7.
片麻痺患者の移乗介助では、膝折れを防止するため、看護師はに立って麻痺側の膝を支える位置をとる。
- 8.
ストレッチャーによる水平移送は看護師名で行い、患者の足側を進行方向にして移送するのが基本である。
- 9.
ストレッチャーで上り坂や階段、エレベーターに乗る際は、頭部が下がらないようを進行方向にする。
