医療安全システムと文化
看護の統合と実践 / 医療安全と職業安全
解説
医療安全とは、医療現場で発生する事故やヒヤリハットを未然に防ぎ、患者と医療者の安全を守るための取り組みのことです。今回は医療安全の基盤となるシステム設計の考え方と、それを支える組織文化について解説します。
医療安全の基本思想
医療安全の根本にあるのは、米国医学研究所が1999年に発表した報告書のタイトルとしても知られる**「To err is human(人は誰でも間違える)」という考え方です。どれほど熟練した医療者でも、疲労や注意の限界、作業中断などにより必ずエラーを起こすという事実を前提に据えます。したがって事故防止の主眼は、個人に注意を呼びかけることではなく、エラーが事故に直結しない仕組みを業務プロセスに組み込むことに置かれます。これをシステム志向**のアプローチと呼びます。
ヒューマンエラーと人間の特性
ヒューマンエラーを誘発する人間の特性は、大きく三つに整理されます。第一は疲労や眠気、加齢といった身体面に関する生理的特性、第二は注意・知覚・記憶・判断などの情報処理に関する認知的特性、第三は同調圧力や権威勾配、思い込みなど対人関係に関する社会心理的特性です。同じ作業を続けて集中力が落ち、情報の取り込みに抜けが生じるのは、注意という認知機能の限界によるもので認知的特性に分類されます。
多層防御の考え方
人間がエラーを起こす前提に立つと、防御策は一つでは不十分です。Reasonが提唱したスイスチーズモデルは、指示受け、薬剤準備、ダブルチェック、患者確認、バーコード認証、記録といった複数の防御層を重ね、それぞれにある穴(弱点)がたまたま一直線に揃ったときにのみ事故が発生すると説明します。与薬時の確認原則である5R(正しい患者・薬剤・用量・経路・時間)や、誰が行っても同じ手順となるよう手順を統一する標準化、危険な操作ができない構造にするフールプルーフ、異常時に安全側へ作動するフェイルセーフは、いずれも多層防御の具体例です。
医療安全管理者の役割
医療法施行規則により、一定規模以上の医療機関には医療安全管理者の配置が定められています。その役割は個々の職員に注意を促すことではなく、事故事例やヒヤリハット報告を収集・分析し、業務プロセスそのものを改善することにあります。分析手法としては、なぜを繰り返して背後要因まで掘り下げる**根本原因分析(RCA)**が広く用いられます。
医療安全文化の醸成
システムを機能させるためには、それを支える組織文化が欠かせません。医療安全文化とは、職員全員が患者安全を最優先と考え、失敗を個人の責めに帰すのではなく組織で共有し学び合う風土のことです。Reasonは安全文化を構成する要素として、エラーや問題を率直に報告できる報告文化、報告者を罰しない正義の文化、報告された情報から改善につなげる学習する文化、状況に応じて意思決定や役割分担を変えられる柔軟な文化の四つを挙げています。他部署で起こったインシデントを自部署の学びに変える行動は、まさに学習する文化の体現といえます。
まとめ
医療安全の要は、人は必ず間違えるという前提に立ち、個人の注意ではなくシステムで事故を防ぐ発想にあります。スイスチーズモデルに代表される多層防御、標準化やフールプルーフによるプロセス設計、根本原因分析によるシステム改善、そして報告と学習を支える安全文化の四つが相互に支え合うことで、医療現場の安全が成り立っているのです。
確認問題(穴埋め)
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- 1.
医療安全の基本思想を表す「人は誰でも間違える」を意味する英語の標語はである。
- 2.
医療安全の事故防止では、個人の注意喚起ではなく業務プロセスを見直す志向のアプローチが基本となる。
- 3.
ヒューマンエラーを誘発する人間の特性のうち、注意・知覚・判断などの情報処理に関するものを特性という。
- 4.
複数の防御層に穴があっても、すべての穴が重ならなければ事故は防げるという多層防御の考え方をモデルという。
- 5.
与薬時の確認の基本原則であり、正しい患者・薬剤・用量・経路・時間を確認することをという。
- 6.
事故事例について「なぜ」を繰り返して背後要因まで掘り下げ、システム改善につなげる分析手法を(RCA)という。
- 7.
誰が操作しても同じ手順となるよう作業プロセスを統一することをという。
- 8.
人がうっかり誤った操作をしても危険な結果が生じないように設計する考え方をという。
- 9.
職員全員が患者安全を最優先にし、失敗を共有・学習する組織風土のことをという。
- 10.
Reasonが提唱した安全文化の構成要素のうち、報告者を罰しない文化をの文化という。
